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「富士山と武将」
富士山は、「不死=死なない」山として縁起がいいことから、多くの武将たちに愛されました。源頼朝は、大勢の御家人を連れ、富士山の裾野で獣類を射止める「巻狩り」を行っています。これは武術訓練を兼ねたものであり、征夷大将軍の支配権力を誇示する意味もあったといわれます。巻狩りの際、頼朝は浅間大社に詣で、流鏑馬を奉納しました。これに起因して、富士山本宮浅間大社(富士宮市)では、毎年5月に「流鏑馬祭り」が行われます。富士山はまた、鎧、兜などの武具にもしばしば描かれました。豊臣秀吉が愛したといわれる黒黄羅紗の陣羽織には、三峰型の富士の山頂で御神火が燃えているさまが描かれており、富士の御加護があるようにとの願いが込められています。徳川家康は、自らの城(江戸城、浜松城)に、富士山を望む富士見櫓を築きました。それぞれが、天下無敵の山を見つめ、太平の世を夢見ていたのかもしれません。

















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